上田氏との打ち合わせ:9/楽器のシェイプ、モデルについて 2013年8月30日

モデルについての検討
今回のプロジェクトで改めて調べたところ、無数のタイプのチェロが数世紀にわたって存在していたことがわかった。
これまでに2台のプロトタイプで実験した結果により、本プロジェクトの最終5弦チェロは、通常の4/4サイズのストラディヴァリ・タイプのチェロよりも若干小さめのサイズで製作することに決定した。

一方上田氏は、アマティ兄弟のアントニオとジローラモが1600年ごろに製作した5弦チェロの写真数枚と、楽器の主要各部の詳細な計測値が示されているポスター(注25、26)とを、苦心して一時的ではあるが入手していた。
画像20:画像は『The Strad』より:膝で保持するタイプの5弦チェロ。アマティ兄弟のアントニオ(1537-1607年頃)とジローラモ(1551-1630年頃)らが製作。体長:707cm…7/8サイズのモダンチェロよりもわずかに小さい。ナットから駒までの距離:640mm…7/8サイズよりも30mm小さい。

 

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画像21:画像は‘The Strad’より:アマティ兄弟の5弦チェロについての詳細な計測値(注27)。

 

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本プロジェクト・プロトタイプチェロⅠ,Ⅱ、及びアマティの5弦チェロの外側計測値の比較

プロトタイプ I /プロトタイプ /II アマティ
ボディ全長: 750mm /710mm/705mm
弦長※28: 690mm/670mm/640mm
ボディ上部幅: 340mm/325mm/354mm
ボディ中部幅: 250mm/225mm/235mm

 

 

外測を比較した3台のチェロのうち、アマティ・モデルのボディは最も小さい。小さいボディは演奏に際し多少の不便さを伴うが、最大の問題点はその弦長の差にある。今日のチェリストの左手は4/4サイズの体長690mmの長さに習熟しており、5cmの違いのある楽器へのスイッチングは容易ではない。プロジェクトの最終型モデルを製作にあたり、この問題は考慮されるべきである。
表板と裏板の厚み
画像22:アマティのチェロの表板。+は計測箇所、数字はそれぞれmm単位表記。

画像22

 
画像23:アマティのチェロの裏板、各所の測定値。

画像23

 

画像は表板及び裏板それぞれ、非対称性を示している。これらの実測値は楽器製作の削りだしの判断において大きな助けとなる。その寸法に完璧に倣うには非常に慎重な作業を必要とし、1mmの誤差も出ないよう、頻繁かつ精密な測定をしながらの仕事となる。大量生産の楽器ではこのような精度での製作はなしえないだろう。
表板:
アマティとストラディヴァリの寸法は、緻密な計算と無数の試みの結果である。楽器製作者にとって、表板と裏板の厚みは、楽器の静的安定性を脅かさない程度にできる限り薄くしたいものである。薄い表板と裏板は、よりボディを振動しやすくさせ、それによりレスポンスの良さと大きな音をもたらすこととなる。

一方では、弦を張りそれぞれの音程に調弦し楽器に高い圧力がかかったとき、表板の厚みが薄すぎた場合は、表板の沈みや、またはクラック(割れ)を起こす危険性がある。厚い表板はそういった破損の恐れは軽減する半面、音質の特性は劣るのである。
この問題についてのアマティの解決策は、チェロの裏板よりも表板よりも厚くすることと、両面ともアシンメトリーな厚みのパターンを用いることであった。それは彼の父アンドレア・アマティ、またのちにアントニオ・ストラディヴァリが、4弦チェロ製作において用いた手法と同じものである。

低弦は高弦に比べ弦が太い分、張力が増すため、表板に対してより強い負荷がかかる。これが、マイスターらが基本的に低弦部分を高弦部分よりも厚みをもたせた所以である。表板と裏板はいずれも、強い負荷がかかる部分ではそれに耐えうる厚みを、それ以外では必要最小限の薄さをもたせている。
裏板:裏板は全体的に1か所の例外を除き40%ほど表板よりも厚みが薄く設計されている。その1か所の例外とは、魂柱の周辺と駒が立てられる部分である。駒を通し、弦からかなりの圧力が魂柱へと伝えられるため、アマティの設計では魂柱の周辺では7.1mm、そして駒が立てられるエリアでは7.2mmの厚みがとられている。これは表板の最も厚い部分(5.7mm)よりも厚い。
低弦側が高弦側よりも厚くとられている、という非対称なパターンは表板のデザイン同様、裏板にも非常に多くみられる。
1弦を追加したことで負荷の増加に伴い増補された、表板の実質的な厚みは例外とは言え、驚くべきはストラディヴァリ・タイプの4弦チェロと比較し、5弦チェロの表板と裏板の厚みが、わずかの差異でしかないということである。ボディの長さはもとより、表板や裏板など全体的な寸法も、4弦チェロ、5弦チェロの間に大きな違いがないことは確かである。
ボディ外郭の寸法
輪郭
基本的にはアマティの5弦チェロの輪郭は、18世紀初頭にストラディヴァリが確立した4弦チェロの最終型に非常に近い。

一つの違いは、先に述べた「アマティの全長が短い」ことである。それは恐らく弦を追加したことに由来する静的、及び音響の変化によるものである。アマティ・ファミリーらによって製作された4弦チェロは、通常約750mmの全長である。
1600年頃(アントニオは63歳、ジローラモは49歳)彼らはこれより以前に、5弦チェロのサイズ(705mm)よりも大きいサイズのチェロ(730mmから750mmまでの長さのもの)を製作している。
このことは、彼らの父:アンドレア・アマティ(1505‐1577)が、ストラディヴァリ・モデルの基本理論となった寸法を設定した最初のマイスターであったことに大きく関係している。アンドレアのチェロは既に750mm(全長)、35mm(肩)、及び44mm(腰)という寸法であった。(ストラディヴァリ・モデルの特徴はアマティ・モデルのマイナーチェンジ程度であり、ストラディヴァリ・モデルの重要性は、アマティよりも後の最終型、という事実にある。)従って、アマティ兄弟の5弦チェロが、父アンドレア・アマティの、またストラディヴァリ・モデルの一歩先を目指して製作を試みられたものと考察するのは想像に難くない。

またこの頃、既に新しい4弦チェロの優位性が証明されているところに、ガンバのような旧モデルに戻ろうとしていたはずもないのである。
アマティ兄弟は、できうる限り新しい4弦チェロのシェイプに近いものに留まりながらも、かつ新たな機会を提供できる5弦チェロを目指していたのではないか。その“新たな機会”と、また“この時代に新しい5弦チェロを作りたかった本当の理由”とは、推測の域は出ないものの、彼らは恐らく通常の使用に加え、5弦上ではより容易になるいくつかの楽曲等のために、チェロの音域を拡張したいと考えていたのではないだろうか。
(アマティの5弦チェロは、現在ロンドンの王立音楽アカデミーの博物館に所蔵されている。バロックチェロと同等の弦が装着されているため、現代のチェロとの比較はできない(注:29))

ボディの高さ
ここで言う“ボディの高さ”とは、スクロールからテールピースまでの楽器全長を指すのではなく、チェロを横から見たときの胴体部分の側板の高さ(厚み)を指す。
画像24:アマティの5弦チェロの側板、高弦側の下部バウツ(ロウア―バウツ)の寸法。

画像24

アマティの側板の寸法は112~130mm、128mmは肩の部分、130mmはヒップの部分。それぞれ表板と裏板のエッジを含む。

(一見するとチェロは均整のとれた完全に左右対称なフォルムに見えるが、しかし、下部の高弦側の側板(画像24)と表板と裏板の寸法(画像21、22)は、アマティが左右対称の原則から、明らかにいくつかの逸脱を決定したことを表わしている。

これはこの楽器に限ったことではなく、他のアマティの、そしてストラディヴァリの4弦チェロにもこのボディの厚みと高さのアシンメトリーな寸法は用いられている。前述したように、これはマイスターが表板及び裏板への不均衡な圧力に応じて導き出したものである。)
アマティの5弦チェロの側板の高さ(厚み)については、やや驚くべき点がある。ストラディヴァリ・モデルの側板は肩の部分が約120mm、そしてヒップ部分が約130mmという平均数値であり、またプロトタイプⅡは同部分がそれぞれ122mmと126mmである。

アマティのチェロの全長(705mm)がストラディヴァリのそれ(750mm平均)より短いことを考慮すると、胴体の高さ(厚み)はそれに比例して低い(短い)ことが想像されるが、アマティの側板はストラディヴァリのフルサイズのチェロとヒップ部分は同じ、肩部分に至ってはストラディヴァリの平均値のそれよりも若干高く作られているのである。

プロトタイプⅡはボディの全長が長いことにより、多少の音響特性上のデメリットを示したわけだが、その音響に関しては、胴体の高さを減少させることによってはさほど影響がない(注30)。

弦楽器の音響システム構造のうえで重要な“表板からの振動を裏板に伝える”という役割は、確かに側板も一翼を担ってはいるものの、そのタスクにおいて最も肝心なのは魂柱であり、側板はそこまでの影響力を持たないと言えよう(実際、演奏しながら側板に触れた場合、振動は手に伝わりはしてもそれほどの音響の変化はないが、表板や裏板に触れるとかなり音響を阻害され、響きはデッドになる)。恐らくアマティは、楽器の容積を可能な限り大きく維持したかったはずである。
ストラディヴァリ・タイプのチェロのプロポーションは、基本的にはヴァイオリンの比率の約2倍である。大きな違いは楽器の全長で、チェロはヴァイオリンより4倍も背が高い。理論上では、弦楽器はそのサイズが大きくなるにつれ、音量が小さくなる傾向にある。例えばヴィオラ(平均体長:41cm)とヴァイオリン(平均体長:36cm)では、さほどその大きさには差がないものの、音量の違いは認められる。最も大きいコントラバスは、オーケストラ中の弦楽器で最も小さい音量とされる(訳注:参考文献Helmholtz, Hermann von; Die Lehre von den Tonempfindungen als physiologische Grundlage für die Theorie der Musik; F. Vieweg Verlag; Braunschweig 1863)。
楽器の大きさに比例するとされる音量の減少は、大きな弦楽器の低音域かつ長い弦は振動数が高音域の楽器に比べて遅く、また、大きな楽器を形成するにあたり、楽器の素材は小さい楽器よりもより多く、ボディの厚みも必要となり、それにより弦の振動に対する楽器のレスポンスが高音楽器に比較すると減少することに由来する。
アマティの楽器の寸法を研究した結果、基本的にはこの内部の構造、比率に沿って作成するのが望ましいという考えに至った。加えて、おそらく厚みが増加するであろうことも考慮した。
しかしながら、この楽器の寸法の640mmという弦長ではいささか短く、このプロジェクトの最終目的は、チェリスト全てが特別な奏法の調整を行わなくとも演奏できる5弦チェロの作成なのであり、そのために楽器のネックを長くし、弦長を4弦チェロ同様の660mm、670mmにして演奏上の不便さをなくしたいと考えた。外観のバランスとしても特別問題なさそうである。

このことから、楽器の外郭は既存の小さめの4弦チェロの寸法を採用することとした。
(注25)いずれも所有者に返納済み

(注26)写真とポスターは雑誌『The Strad』編纂のものを補足

(注27)『The Strad』誌;John Dilworth 氏によるアマティの寸法のポスター
(注28)駒からナットまでの寸法
(注29)現代では主に強いテンションの弦を用いている。このことは小さなファクターのように見えるが、その実、長い時間弦楽器製作者たちがより強いテンションの弦に耐えうるボディの発展を目指してきたのであり、そのことがモダンチェロとバロックチェロとの決定的な違いである。バロックチェロのボディには、スチール弦の強いテンションには耐えられない。
(注30)7/8サイズのプロトタイプⅡは、4/4フルサイズチェロよりも全長が短い。そもそも7/8サイズのチェロは、多少音量が減少するというデメリットを受容しつつ、体の小さいジュニアなどが演奏できるように使用されるものである。

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