Ⅰ:J.S.バッハと5弦チェロ

バッハ:無伴奏チェロ組曲全6曲BWV1007-1012

作曲からほぼ300年が経つ現在においてもなお、この組曲はその真偽や奏法について、多くの疑問を有している。なかでも、適切な演奏をするためにはいずれの楽器を用いるべきかという点は、最大の論点であると言えるだろう。

20世紀初頭にこの組曲が再発見された当時、すでに旧来の楽器から取り代わったストラディヴァリ・タイプの4弦チェロが広く使われていたため、この作品は再発見以来、4弦チェロ(つまり現在のモダンチェロ)のために書かれたと想定されてきた。

しかしこの4弦チェロで演奏した場合、早くも第3番組曲で技術的な問題に直面することとなり、例えばプレリュードにおいては、まだバッハの時代には確立されていなかった左手親指のテクニック――この親指の使用が不可避なのである。

同じ観点からみれば全6曲ある組曲の中において、とりわけ第6番の高音域の多さは突出しており、それによる技術的な難易度は他を圧倒している。

バッハはこのチェロ組曲のほかにもソロ楽器のためにいくつか作品を遺しているが、いずれを見渡してもこのように特殊な技巧を要求する例は見当たらない。

そうして近年来、バッハの無伴奏チェロ組曲はストラディヴァリ・タイプの4弦チェロのために書かれた、という従来の説を疑問視する数名の音楽家や音楽史学者らが現れたのである。

彼らの見解は、以下の事実や結論に基づいている。

 

○音楽史学者によればバッハの時代のチェロは、大きなヴィオラ(注1)に似た外観で(画像1,2参照)あごの下で挟んで胴体を横切るように構えるか、あるいは楽器の向きを縦方向にして膝の間で支えて演奏するものであったと定義されている(注2)(画像3参照)。もともとは、通奏低音楽器としてダブルベースをアシストする目的で作られたもので、多様なサイズ(小型のスパッラからアンドレア・アマティの大型チェロまで)や調弦のタイプが存在した。また、サイズの拡大に伴い弦がより長くなったことにより、ヴァイオリンのように演奏するときよりもさらに細かい音階の範囲をカバーすることが可能になったのである。

 

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画像1:手前がヴァイオリン、奥がヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ

[画像はインターネット上より引用。版権等問題がある場合はコンタクト・ページへ]

 

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画像2:ヴィオラ・ダ・スパッラの現代のレプリカ。ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラとほぼ同じサイズで、どちらも膝で挟むのではなく横方向に腕で抱えて演奏する。

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画像3:左がフルサイズのチェロ、右がヴィオロンチェロ・ピッコロ。(ヴィオロンチェロ・ピッコロのサイズについて:参考資料A

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無伴奏チェロ組曲第1~5番を、バッハが[“4弦楽器のため”として明確に意図して書いた]と仮定した場合、この曲には必要とされる演奏技術に特殊な部分(前述の第3番プレリュードの親指を用いる箇所等)が散見され、バッハの熟達した技法により書かれた弦楽他作品と比較すると、いささか典型的でない作品である、といわざるを得なくなる。たとえば同時期に書かれた無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータでは、曲中にチェロ組曲のような特殊な技法は見受けられず、演奏に際し必要とされる演奏技術の複雑さの度合いとしては、より簡潔で明解なのである。もし、[“5弦楽器のため”として第6番を書いた]と仮定した場合(注3)、この全6曲のチェロ組曲にあって、第6番は初めて無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータの複雑さの度合いと美しさに並ぶものとなるのである(参考資料B)。

 

○バッハは5弦楽器(腕で保持するタイプ、ヴィオラ・ポンポーザ)を所有しており(注4)、彼はこれをヴィオロンチェロ・ピッコロと呼び(注5)、しばしばその楽器のために作曲もした。この楽器は通常のチェロ音域である低音を特徴としたが、5番目の弦によりヴァイオリンとほぼ同様の高音域をもカバーできた。(ヴィオロンチェロ・ピッコロは、現在でもバッハのいくつかのカンタータなどで、主に膝で抱えて演奏するスタイルで使用されている。)

 

○ストラディヴァリ・タイプの4弦チェロが現在のサイズや、奏者が楽器を縦方向に膝で保持する演奏スタイルを確立させるに至ったのは18世紀の終わり頃で(注6)、それはバッハがチェロ組曲を作曲してから30年ほど後のことであり、またその時期は彼の作品が世間から既に忘れられている時でもあった。

 

○大型で膝のあいだで構えるストラディヴァリ・タイプのチェロと、小型であごに挟み腕で抱えるタイプのヴィオラ・チェロという全く異なる性質と奏法を持つ2つの楽器、バッハがこれらを用いてひと組の楽曲を作曲しようとしたとは考えにくい。また、バッハが自身のチェロの演奏について言及した記録は残っていないが、チェンバロ奏者であったバッハはヴァイオリンやヴィオラの演奏も心得ており、これは彼が同じ奏法を以ってヴィオラ・ポンポーザをも弾きこなせたであろうことを意味する。彼が演奏に精通した楽器と、そうではない楽器とを一連の組曲のなかにまとめるとは想像し難い。

 

○また全ての組曲を4弦チェロで演奏した場合、第1~5番までは徐々に難易度を増して推移していくのであるが(注7)、こと第6番に至ると突如として難易度が跳ね上がり、非常に高度な技巧を求められるのである(注8)。

 

 

 

このことにより、次の結論が導き出せる。

●バッハは当初、膝のあいだで支える大型の4弦チェロのためではなく、ヴィオラに似た、肩やあごで支えるタイプの小型の4弦チェロのために、チェロ組曲の作曲に着手した。

●バッハは第6番の作曲については、小型のヴィオラ・タイプの5弦チェロを使用した(注9)。このことは創作に劇的な変化をもたらし、楽曲の精巧さにおいて無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータに並ぶものとなったのである。ヴィオラ・タイプの5弦チェロの持つ可能性を見出したのちに、4弦チェロに立ち戻る理由はなかっただろう。

 

ここで疑問となるのが、なぜ5弦のヴィオラ・タイプのチェロがバッハののちに残存しなかったのか、またなぜ5弦チェロとして発展を遂げなかったのか、という点である。

 

バッハがチェロ組曲を作曲した頃、時を同じくしてイタリアのヴァイオリン製作者;ストラディヴァリ、モンタニャーナ、ゴフリラーらにより、音響学上で最適となる形とサイズの現代チェロの最終形が確立されつつあった。

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画像4:ストラディヴァリの4弦チェロ。

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ボディはヴァイオリンとほぼ同じプロポーションを2倍に拡大し、ヴァイオリンと同様に弦を4本張り、ヴィオラ・チェロよりも大型となってからは楽器を縦方向にし、膝の間で挟んで演奏されるようになった。サイズが大きくなった結果、他のどんなチェロよりも大きな音量をもたらすこととなり、徐々に同属の小型のチェロが姿を消していく理由となったのである。サイズ拡大に伴い弦が長くなったためにヴィオラ・チェロよりも細かいピッチでの演奏が可能になったが、この時代のチェロの存在意義とは通奏低音としての役割が主であり、まだ高い音域や速いパッセージなどの演奏は求められていなかった。

 

この新しいチェロの最終形が18世紀の終わりに完成されたころ、バッハ(1685-1750) は既にこの世になく、19世紀初頭にF.メンデルスゾーン(1809-1847)にその価値を再発見されるまで、その作品群も世間から忘れられていた。

 

バッハのチェロ組曲は20世紀初頭まで公の場でまったく紹介されることがなかったため、新しく確立された大きな4弦チェロでこの組曲を演奏するという問題がそれ以前に露呈することはなく、まして演奏する楽器の種類に至っては、その選択について疑問を持たれたことすらなかったのである。

この組曲が再び日の目を見た頃、彼の時代のヴィオラ・ポンポーザやチェロ・ピッコロなど他のヴィオラ・タイプチェロは、すでに衰退の一途を辿っており長い間使用されておらず、バッハが組曲を書いた横型で構える「チェロ」という楽器は、現在広く用いられている縦型で構える「チェロ」として誤って認識されていくこととなる。チェロ奏者はバッハが書いた「チェロ」を現在のタイプの「チェロ」として捉え、それは現在も続いている。

 

ハイドンやベートーヴェンらから始まり、作曲家たちは次第にストラディヴァリ・タイプチェロの持つ、テノール楽器としての表現の可能性に気付き始めた。作品のチェロパートにはより高い音域が頻繁に書かれるようになり、それに伴いチェロ奏者に対する技術的な要求も徐々に高まるようになる。そうしてチェロは“低音の重複”という以前の主要だった役割を離れ、ちょうどバッハが「彼のヴィオラ・タイプチェロ」を以って計画していたような“ヴァイオリンに匹敵するソロ楽器”と次第に変化していった。サルヴァトーレ・ランツェッティ(注10)、デュポール兄弟(注11)やベルンハルト・ロンベルク(注12)といったチェリストたちは、チェロが担い始めたこの新しい役割や、増加する高度な演奏技術への要求に応えるべく解決策を捜し(資料C、ロンベルクとデュポール参照)、やがてハイ・パッセージ演奏において左手の親指を使用することを思いつく。かつてチェロに限らず他の弦楽器においても、実際に親指を演奏に使う指の一つとして指板上に置くことを試みられたことはなかった。親指がネックを離れれば、指板上で弦をしっかりと押さえるために必要な、反対側からの適度な圧力を失うことになるためである。しかし、このやや厄介でもある演奏方法は、貴重なストラディヴァリ・タイプの5弦チェロの発展よりも好ましく迎えられた。

 

 

ストラディヴァリは、彼のチェロの音域の限界に気付いていたに違いない。ヴァイオリンではネック間で5つのポジションがカバーでき、高音域はさらにポジション間隔が狭くなるが、チェロではネック間で4ポジションまで。つまり仮に同じパッセージを演奏する場合、ヴァイオリンよりも頻繁なポジション移動が必要となる。また、チェロの太い弦を押さえる左手と、その張力に対する弓(右手)は、ヴァイオリンよりも強い圧力を必要とする。そしてチェロの弓は楽器の大きさ、弦の太さに比例して、ヴァイオリンの弓よりもはるかに長くあるべきだが、実際は楽器の構えの関係上、ヴァイオリンよりも短くならざるを得ない。これらチェロの楽器構造上の要素は、高音域や速いパッセージ、長いスラーなどの演奏の難しさの原因となっているのである。

 

もし4弦チェロと5弦チェロのどちらが優れているかと問われれば、ストラディヴァリはおそらく、音響上の特性が良好なことはもちろん、当時まだ高音域や速いパッセージでの役割がチェロに求められていなかったことからも、断然、4弦チェロを支持していただろう。一方でバッハの組曲については、バッハ自身の5弦チェロの提案を支持するチェリストも存在はしたのだが、これら当時の5弦楽器のほとんどはすでに残存せず、美術館に展示されているものか、または絵画に描かれたその姿を確認できるだけとなっている。幸運にも当大学:武蔵野音楽大学楽器博物館には5弦チェロが1台所蔵(画像5参照)されており、この楽器が興味を持ち続けられ、今に至るまで大切に保全されてきたということを、その存在が証明している。

(※1880年にヴィンチェンゾ・ポスティグリォーネVincenzo Postiglioneによってイタリアにて製作。ボディはストラディヴァリの4弦モデルのサイズとほぼ同じだが、駒の部分のみ5弦用にわずかに広く取られている。この楽器の音を聴くことは大変興味深いが、貴重なオールド楽器に現代の張力の強い弦を張ることは非常にリスクを伴うと思われ、実施していない)

 

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画像5:ポスティグリォーネの5弦チェロ

 

 

現在、アメリカ、ヨーロッパで数人のチェロ奏者が5弦チェロを使って活動している。演奏可能な古い5弦楽器がほとんど現存しないことから、現代の楽器製作者によって新しく製作された、4弦と同じ標準サイズに5弦を張ったチェロを使用しているとのことである(注13)。なかにはバッハのチェロ組曲のみならず、全てのレパートリーをも5弦楽器で演奏しているチェロ奏者もいるが、そのようなチェロ奏者は極めて少ないうえ、使用されている楽器の構造や音響など有用性に関して広く公開された記録がないのが現状である。また5弦チェロを特集したCD音源はあるものの、スタジオでの録音であるため、楽器の実際の音響特性に関し決定的なデータであるとは言い難い。

 

バッハのチェロ組曲の問題点、またチェロ演奏全般の難しさについては、いまだ瞑目され続けたままである。チェロ組曲は現在、ヴァイオリン奏者やヴィオラ奏者らにより、当時のヴィオラ・チェロのレプリカ楽器(注14)などを用いて頻繁に演奏されている。しかしチェロ奏者たちは、“チェロのために書かれたこの組曲のために、苦闘し続けなければならない”と信じているように見える。

ここで疑問なのは、本来自然な選択である5弦楽器を弾こうとするチェロ奏者が、なぜこのように少ないのか、という点である。

 

5弦チェロ使用に反対する要素のうち、唯一合理的なものがあるとすれば、“4弦チェロと比較して、5弦チェロは音響の点で劣るのではないか”、という点である。

1弦を追加するためには、現行の4弦チェロよりも大きな駒、広い指板、厚いネック、大きなテールピースが必要となる。これらの変更点は恐らくボディの振動の一部を損なわせることになり、ひいては音量の減少の原因となるだろう。追加された弦から生じる倍音が、この損失をいくらかでも補填するものであるかもしれないが、いずれにしても、実際に楽器を弾いて比較してみなければ、想像の域を超えるものではない。

日本では現在、ハイクラスな4弦チェロとの比較に耐えうるような5弦チェロが入手できないため、このような研究は不可能である。オールドの5弦楽器は博物館等に保管されているものの、これらの楽器は前述のように現代の弦を張ることに適していない。また、新しいもので、市場に出回っている5弦チェロは大量生産された安価なものか、またはロックやポップスの場面において、もともとアンプを繋げて演奏されることを目的に作られたエレクトリック・チェロ(注15)のいずれかである。

結論

・バッハのチェロ組曲第6番を本来の意図に沿い適切に演奏するには、当然ヴィオラのような楽器を選択するべきであるが、この楽器は、チェロ奏者の奏法・技術でオプションとして弾きこなせる楽器ではない(注16)。

・そこでチェロ奏者にとっての選択はやはり、第6番を5弦チェロを用いて演奏することである(注17)。5弦チェロの使用はまた、BWV1027~1029のチェロ・ソナタ(当初は5、または6弦のヴィオラ・ダ・ガンバのために書かれたもの)や、バロック期、古典派初期のさまざまなコンチェルトやソナタの演奏をも容易にするだろう。

・さらなる研究は、4弦チェロと5弦チェロの音響特性の比較と、古典派やロマン派のチェロ・レパートリー曲で5弦チェロを使用する可能性の追求に注がれるだろう。

・ここ日本において、研究対象に適したハイ・クオリティの5弦チェロは非常に数が少ない。

 

 

これらの結論により、次のプロジェクトが導き出された。

『新しく5弦チェロを製作し、その音響特性を実験する』

本プロジェクトは20134月に科学研究費助成金事業のひとつに承認され、今後3年間にわたる研究過程を記録し、公示していくこととなる。

 

プロジェクトチーム

申請手続きに取り組んでいる間、ドルと山﨑は折に触れ上田能雄氏(東京・練馬区の弦楽器工房「江古田ストリングス」代表)を訪ね、本プロジェクト研究においての弦楽器の構造や性質について意見を求めた。科研費承認後、彼は2013年4月より楽器製作に着手することを承諾した。

 

脚注

(注1)ヨハン・マッテゾンJohann Mattheson::Das Neu-Eröffnete Orchestre(1714)より:“ヴィオロンチェロ、バス・ヴィオラ、ヴィオラ・ダ・スパッラ、これらは5、6弦を有する小さなバス・ヴァイオリンのことである”

(注2)J.G.カストナーJ.G. Kastner; Traité Général D’instrumentation(1834)より:“ヴィオラ・ダ・スパッラ(ショルダー・ヴィオラ)…この楽器がそれまでどのように調整されてきたものか、その変遷を記した記録はない。リボンで右肩から提げて演奏されるこのヴィオラ・ダ・スパッラだが、村の音楽家に一人、チェロを右肩から提げて演奏する人が残っていることからも、この楽器が、膝で支えてチェロを演奏する現在のチェロに近似する楽器であると考えられる”

(注3)アンナ・マグダレーナは“シンカ・コード”つまりC、G、D、A、Eの“5弦で”と記しているのみで、特定のいかなる楽器も指定していない

Prélude

(注4)J.G.カストナーJ.G. Kastner; Traité Général D’instrumentationより:“ヴィオラ・ポンポーザ…(略)J.S.バッハによって発明された。通常のヴィオラよりも大きいが、ヴィオラと同様のポジションを用い、ヴィオラの4弦にE線を1弦追加して5弦とした…(略)。ヴィオロンチェロが少しずつ完成形に近づいていくとともに…(略)ヴィオラ・ポンポーザは…(略)重く、扱いにくいこともあり容易に廃れていったのである”

(注5)バッハのこの習慣は、彼の“無伴奏チェロ組曲”に関して、のちにもたらされる誤解のすべての理由となったことは間違いない。恐らく第6番組曲の最も適した選択は、ヴィオラ・チェロだったのであり、または腕で支える大きなヴィオラであるヴィオラ・ポンポーザか、非常に類似した楽器であるヴィオロンチェロ・ダ・スパッラであった(画像1、ストラディヴァリ・タイプの小さいものではないことが分かる)。

(注6)レオポルド・モーツァルトLeopold Mozart; Versuch einer gründlichen Violinschule(1787)より;“近頃ではチェロは…(略)脚の間で保持され、それはちょうど…(略)レッグ・フィドル(脚のヴァイオリン)とでも呼べるものである”

(注7)第1~5番組曲までは、へ音記号(バス記号)以外の音部記号を用いる音域がない。

(注8)アンナ・マグダレーナの手による第6番の楽譜には、すでにプレリュードの9小節目にハ音記号(テノール記号)を用いる高音域が出現する。ハ音記号はアルト記号として用いる場合、ヴィオラやヴィオラ・ポンポーザの楽譜に常用されている記号でもある。

(注9)クラウス・マルクスKlaus Marx; Die Entwicklung des Violoncells und seiner Spieltechnik bis J.L.Duport.より52ページ:第6番は“平たい楽器で、ヴァイオリンのように構え、調弦はC G d a e”のために書かれた、とある。

(注10)サルヴァトーレ・ランツェッティ(ランゼッティ)Salvatore Lanzetti (1710-1780)イタリアのチェロの名手、作曲家。ランツェッティは奏法に親指を使用した最初のチェリストといわれる。

(注11)ジャン・ピエール・デュポールJean-Pierre Duport (1741-1818) ,ジャン・ルイ・デュポール Jean-Louis Duport (1749–1819)の兄弟。フランスのチェロの名手、作曲家。

(注12)ベルンハルト・ロンベルクBernhard Romberg (1767–1841)ドイツのチェロの名手、作曲家。

(注13)ドイツのチェロ奏者ヨアヒム・シファー氏Joachim Schieferもそのひとりである。彼はヴァイオリン制作者のThorsten Theis氏とともに貴重な5弦チェロの情報を我々に提供してくれた。同じくドイツの5弦チェロ奏者、マティアス・ベックマン氏Matthias Beckmannのページ。

(注14)ヴィオラ・ダ・スパッラに近い楽器。参照D.バディアロフ氏による論文

(注15)これらの楽器はボディに共鳴体を持たず、駒への振動を直接アンプに繋いで音を出す仕組みのものである。

(注16)最近では数人のヴァイオリン奏者、ヴィオラ奏者らにより、チェロに似たレプリカ楽器(5弦を装備し、首から提げて弾くチェロあるいはヴィオラ・ダ・スパッラのレプリカ楽器)を用いてこの組曲が演奏されている。

(注17)ドイツの音楽学者ウェルナー・グリュツバッハWerner Grützbach ;Stil und Spielprobleme bei der Interpretation der 6 Suiten für Violoncello von J.S.Bach:(1981)より:“通常のチェロに5番目の弦が装備できたなら、第6番のオリジナルの演奏が可能となるだろう。現に、数人のチェリストがそのことに成功している”

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