材料

材料

良い弦楽器を製作するにあたり、上質な木材というのはまさに欠かすことのできない本質的な素材であることは言うまでもない。

使用される木材の重要なポイントの一つに、“経年”がある。より古く、良く乾燥して軽くなった木は良い響きを生みだすのである。また乾燥した経年材木は内部の構造がほぼ変わらないため、それを使用し出来上がった楽器本体が、その後、思わぬ音質の変化をしないことにも繋がる。

胴体の表板については、上田氏はスプルース材(注24)を2枚購入(1985年に切られたもの、およそ20万円)。オールドの木材を取り扱う市場自体が少なく、高級な家具を製作するなどの場合を除き、木工製品用には新しくて安価な木材が数多く出回るため、高品質で未加工のオールドの木材は非常に稀少であり、価格も高価である。このような貴重な資材は、ヴァイオリン制作者の間でわずかに取引されている。

ヴァイオリン制作者のマイスターは、樹木のうちに蓄えられた樹液が1年のうち最も少ない冬の前半に伐採した材木を、その後もできるだけ乾燥させたものを楽器製作に使用するのである。この貴重な材料は本来自らの楽器に使用するつもりであるので、それに見合う相当額でなければ彼らは基本的にそれを売却するつもりはないと言っていい。

幸運にも、上田氏は彼の師で元親方であるマイスターのストックから、非常にリーズナブルな金額でこの材料を入手することができた。

画像16:最終型5弦チェロの表板となる2つのボード。楽器製作者がのちにアーチ型へと曲げていく作業があるのだが、この段階ですでにくさび型にカットしてある。

図16

上田氏が裏板に選んだ2枚のメイプル材は、同じく1985年に切られたもので、価格は約8万円ほど。メイプルはその精巧な木目の美しさのため、やはり高価な木材である。弦楽器のバック(裏板)の、美しく、左右対称な木目は、弦楽器の持つ美の本質的な要素とも言える見どころの一つで、それは楽器製作者のいわば“名刺”のようなものでもある。裏板のピースも、同様にくさび型へカットされているが、表板よりも厚みは薄い。

              画像17:裏板の1枚の木目

図17

側板も同じくメイプル材(1982年に切られたもの)で、これは表板と裏板の金額に含まれていた。

画像18:側板に加工されるメイプル材。高さ120cm。中央の板は向きを真横に傾けてあり、その薄さが分かる。

図18

楽器の頭部、スクロールとネックについては、上田氏はボディの表板と裏板と同時代の、どっしりと身の詰まったメイプル材を約20万円で購入した。

画像19:スクロールとネックに加工される木材。すでにスクロールのごくラフなスケッチが見られる(上田氏による)

図19

上田氏は、新たに指板を製作する代わりに、プロトタイプと同様既存のコントラバスの指板を使用し、5弦チェロ用にサイズやシェイプを適合させることにした。楽器を一から製作していく最終5弦チェロは、プロトタイプに比べ顕著な音質の改良をもたらすことが考えられる。しかし、指板に関しては、本プロジェクトでは製作する必要性が低いと判断した。ハイグレードなチェロとコントラバスの指板は全く同じ木材(黒檀)から作られているということもあるが、コントラバスの指板を改造して使用することにより、あるいは音響の性質などに完全にネガティブな影響が出ないとは言いきれないものの、その一方で時間と経費の節約になることは明白だからである。

テールピースはプロトタイプと同じく新製作し、アジャスターは装備しない。プロトタイプ2台で試用し有用と分かった、ファインチューン・ペグを装備する予定である。


24 スプルース材は軽く、強靭で素晴らしい音質を持つ木材とされる。

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